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ほんのむしがなぞったことば

2009-01-28感情は合理的思考に不可欠

[]#359

それにしても、なぜヒトやチンパンジーに感情があるのだろう。これから取りあげる説は、同様の基本要素を持つ仮説がほかに多数あるものの、心理学者のキース・オウトリーとフィリップ・ジョンソン=レアードがもっとも詳細に展開してきたものだ。この説は、どんな生物もつねに複数の行動方針からひとつを選択しなければならないと認識するところからはじまる。いまの作業をつづけるべきか、べつの作業に移るべきか? 他の個体と協力すべきか、対立すべきか? 痛い目に遭わされたり捕食されたりする恐れのある相手に会ったら逃げるべきか、立ち向かうべきか? ミスター・スポックのような超人的理性を持つ生物なら、純粋に論理だけで問題を解決するだろう。選択肢の代償と利益とリスクを慎重に評価し、なんらかの心的計算をおこなって最良の方法を導きだす。だが、ミスター・スポックは現実世界には生きていない。私たちも他の動物も、少ない情報と相容れない目的とかぎられた時間のなかで決断をくださなければならない。こうした重圧があっては、あらゆる可能性を論理的に検討して最良の行動方針を見きわめるのは不可能だ。

オウトリーとジョンソン=レアードは、知識が不完全で複数の相容れない目標がある状況――「限定合理性」とも呼ばれる状態――では感情が行動の指針となると論じた。感情は脳の状態を変化させ、以前似た状況で役立った行動のレパートリーを思い出させる。私たちは何かの作業をするとき、意識的・無意識的に目標や下位目標を設定する。目標を達成するとうれしくなり、この感情が作業をつづけろと合図する役割を果たす。悲しくなったら、作業を完全にやめ、新しい計画を考えたり、助けを求めたりしろという合図だ。怒りは、作業が頓挫していて、もっと努力が必要だと合図している。恐れは、いまの作業をやめて周囲を警戒しろという合図だ。オウトリーとジョンソン=レアードは、ほかにも愛や嫌悪や侮蔑などの感情について同様に説明している。私たちの感情は「合理的」思考に不可欠なのだ。感情がなければ、自然界や人間界とのかかわりがまるでうまくいかないだろう。

ヒトにとってもっとも困難な認知課題は、この人間界とのかかわりだ。というより、人類の知性の起源についてのもっとも有力な説明は、大集団での生活に要求される物事への対処行動だといえる。したがって、複雑感情が直接、社会関係と結びついていても不思議はない。こうした感情がなければ社交べたになるしかない。そればかりか、自分を取りまく人間社会の複雑さと繊細さに気づけず、まったく社会関係を築けないだろう。(p.127-129)


歌うネアンデルタール―音楽と言語から見るヒトの進化

2009-01-27法則

[]#358

「早く帰国が実現するようにと、運動もしています。ただ、材木の仕事は成績がいいし、日本語のうまい奴を国内においておくことはないじゃないかというのが上の方の方針でしてね。なかなか戻してもらえない」
「本当に上手だから」
「わたしは先日来、望郷の念と愛国心の違いのことをずっと考えているんです」
「どうしてまた?」
「国外にいる人間にとっては、この二つの和が一定という法則が成り立つんじゃないかと思いましてね。来日した当初は愛国心ばかりですよ。それが、ここ数年、わたしの中ではソ連の力が薄れて、故郷の引力の方がずっと強くなった。つまり愛国心が消えて望郷の念だけが残った。よきソ連人であることよりも涙もろいシベリア男である方が大事になった。つまり、帰る時期なんでしょうかね」
「なるほど」(p.164)


スティル・ライフ [ 池澤夏樹 ]

*1:収録作品「ヤー・チャイカ」。

2009-01-26鳥を鳥瞰する

[]#357

目の前の地面をハトが歩いていた。あいかわらず人は来ない。午後も遅い時間に神社の境内などでぼさっとしているのはぼくだけだった。ハトは餌らしく見えるものを一つ残らずついばみながら、二十羽ほどでその一帯を徹底的に探査していた。佐々井のことは考えてもしかたがないので、ぼくはハトに気持を集中した。しばらく見ているうちに、ハトがひどく単純な生物に見えはじめた。歩行のプログラム、彷徨的な進みかた、障害物に会った時の回避のパターン、食べ物の発見と接近と採餌のルーティーン、最後にその場を放棄して離陸するための食欲の満足度あるいは失望の限界あるいは危険の認知、飛行のプログラムホーミング。彼らの毎日はその程度の原理で充分まかなうことができる。そういうことがハトの頭脳の表層にある。

しかし、その下には数千万年分のハト属の経験と履歴が分子レベルで記憶されている。ぼくの目の前にいるハトは、数千万年の延々たる時空を飛ぶ永遠のハトの代表にすぎない。ハトの灰色の輪郭はそのまま透明なタイム・マシンの窓となる。長い長い時の回廊のずっと奥にジュラ紀の青い空がキラキラと輝いて見えた。単純で明快なハトの動きを見ているうちに、ぼくは一種の暖かい陶酔感を覚えはじめた。

今であること、ここであること、ぼくがヒトであり、他のヒトとの連鎖の一点に自分を置いて生きていることなどは意味のない、意識の表面のかすれた模様にすぎなくなり、大事なのはその下のソリッドな部分、個性から物質へと還元された、時を越えた連綿たるゆるぎない存在の部分であるということが、その時、あざやかに見えた。ぼくは数千光年の彼方から、ハトを見ている自分を鳥瞰していた。

和服を着た小柄なお婆さんが一人、片足を少しひきずるようにして石畳を渡り、本殿の前に立って、丁寧に手を合わせた。木漏れ日が地面に丸い無数の模様を描き、ハトたちを気まぐれに照らした。(p.61-62)


スティル・ライフ [ 池澤夏樹 ]

*1:表題作。

2009-01-25上昇する世界

[]#356

顔の皮膚がこわばりはじめた。ほんの表面だけだけれども、身体の材質が岩の材質に近づいた。坐りこんで、膝をかかえたまま、雪片が次々に海に吸い込まれて行くのを見ていた。

見えないガラスの糸が空の上から海の底まで何億本も伸びていて、雪は一片ずつその糸を伝って降りて行く。身体全体の骨と関節が硬化して、筋肉が冷えきり、内臓だけが僅かな温かさを保っているようだ。身体を動かしたいと思ったが、我慢した。岩になるためには動いてはいけない。

音もなく限りなく降ってくる雪を見ているうちに、雪が降ってくるのではないことに気付いた。その知覚は一瞬にしてぼくの意識を捉えた。目の前で何かが輝いたように、ぼくははっとした。

雪が降るのではない。雪片に満たされた宇宙を、ぼくを乗せたこの世界の方が上へ上へと昇っているのだ。静かに、滑らかに、着実に、世界は上昇を続けていた。ぼくはその世界の真中に置かれた岩に坐っていた。岩が昇り、海の全部が、厖大な量の水のすべてが、波一つ立てずに昇り、それを見るぼくが昇っている。雪はその限りない上昇の指標でしかなかった。

どれだけの距離を昇ればどんなところに行き着くのか、雪が空気中にあふれているかぎり昇り続けられるのか、軽い雪の一片ずつに世界を静かに引き上げる機能があるのか。半ば岩になったぼくにはわからなかった。ただ、ゆっくりと、ひたひたと、世界は昇っていった。海は少しでも余計に昇れればそれだけ多くの雪片を溶かし込めると信じて、上へ上へ背伸びをしていた。ぼくはじっと動かず、ずいぶん長い間それを見ていた。(p.31-32)


スティル・ライフ [ 池澤夏樹 ]

*1:表題作。

2009-01-19音楽・言語・教育

[]#355

「伝統的な」社会では、歌ははるかに日々の生活に浸透していて、乳児が音楽知識を獲得するのも西洋社会よりはるかに容易かもしれない。専門技能を必要とし、おそらく発話より書字に相当する楽器演奏ではなく、鑑賞あるいは気楽な歌や踊りに力点を置けば、音楽性の発達も、言語発達と同じくらい自然な現象に見えるのではないだろうか。ジョン・ブラッキングは世界じゅうの音楽を研究して、つぎのように結論づけた。“音楽は他の文化的技能とは異なり、もっとも重要な点を学んで身につけることができないように思われる。音楽の要点は、言語の基本原理と同じようにはじめから内に備わっていて、外に出て発達するのを待っているのだ”。
 バイリンガルの大人は大勢いるし、何ヶ国語も流暢に話す人もいるが、大多数の人は本来ただひとつの言語に親しんでいて、聞くのも話すのも同程度の能力を持っている。少なくとも、それが私たちの一般的な認識だが、おそらくこの考えは、ひとつの言語で統一された大きな民族国家がいくつもあることに強く影響されている。ふたつどころか、もっと多くの言語を操れるのは、過去にはもっと一般的だったし、工業化された西洋の外では今日でも常識かもしれない。ところが、それが常識だとしても、音楽を操る能力の場合とは非常に対照的である。音楽の場合、大多数の人がさまざまな様式に親しんでいる。ただし、聴くのに比べて作るほうの能力ははるかにかぎられている。作曲できる人はごくまれで、正しい音程を保てない人も(私を含め)大勢いる。だが、これもまた、人類全体としての状況というより、現在の西洋社会が生み出した認識にすぎないのかもしれない。西洋の教育システムにおける音楽軽視の傾向と、その結果生じる音楽に対するエリート的で格式ばった態度を反映している可能性がある。(p.30-31)


歌うネアンデルタール―音楽と言語から見るヒトの進化

2009-01-15迷信

[]#354

「何がおかしい」と、マルセランがいきなり食ってかかった。
「すまない」私はマルセランの声に含まれる毒気に驚き、謝った。軽かった私の足取りがいきなり重くなった。「ボベ老人にからかわれたんだという意味かと思って……」
「違うな」私に合わせて歩調を緩めながら、マルセランがぴしゃりと言った。「笑った理由はそうじゃあるまい。だいたい、ボベがなぜおまえをからかう? あの話をして、ボベがくたびれ果てたのを見なかったのか。あんな話をするのは、ボベには危険だ。ボベがどんなに怖がっていたかわかっただろう? よくもボベを笑ってくれた。それにだ……」マルセランは大声を出し、道に転がっていた泥の塊を蹴飛ばした。「意味が通るという点じゃ、白人の迷信とどっこいどっこいだぞ。おまえが首から吊るしているお守りはどうなんだ、あの十字架とやらは? ポケットの中でいじりながら呪文を唱えるあのビーズ玉は? えっ? それに、口にするのもおぞましい儀式は? 人食いの象徴は? 言ってみろ。おまえらは七日に一遍、白い族長の体を食らい、血を飲むんだろう? それのどこが理性的で正しい行動なんだ。違うな。おまえにはおれたちを、老ボベを、アフリカ人を笑い物にする権利などない。まったくない」
「すまない。謝る。それに前にも言ったとおり、私はクリスチャンではない。キリスト教を信じない。十字架も持っていないし、生まれて一度もロザリオを唱えたことがない」
「ロザリオを唱えたことがない!」マルセランは私の口ぶりをまね、けたたましく笑った。「便利な言葉がいろいろあるな。おれたちのは呪物だ。ジュジュだ。グリグリだ。だが、自分たちのはロザリオであり、十字架だ。響きが全然違うな。いかにも偉そうだ。だが、偉そうだからいいのか? そういうふうに言えば、なんでもOKになるのか?」
「言っただろう。私は信者ではない」
「信じていようがいまいが、おまえの頭の中にはあるんだよ。おれはずっと考えてきた。ドクーとのあの晩以来、ずっと考えてきた。おまえは正常なことだと言う。おまえらの文化の一部で、完全にうなずけることだと言う。おまえらは理性と科学の人間で、昼は白人のもの、夜がアフリカ人のものだと言う。おまえらは自動車を作り、モーターボートを作り、飛行機を作った。おれたちは作っていない。だが、おまえらの三位一体ってのはいったい何なんだ。一つの体に三つの神様? それに聖霊なるものはどこにでも行けるんだって? 翼を生やしていて、頭からぴかぴか光を放っている何千という霊もいるな。あれはいったい何なんだ。それに、あの邪悪な動物は? ヤギみたいな足をして、長い尻尾の末端が二つに割れているというやつ。自分でもそんな有象無象を抱えていて、よくアフリカ人をあざわらえるものだ。言ってみろよ。それのどこがボロより優れているんだ。それのどこが科学的なんだ。それに、神様がわざわざ人間になって、木に張りつけられて、槍で刺されたって? おまえら全員を救うために? いったいどういうことなんだ。そんなことをして何の意味がある」
「意味などない。信仰の問題なんだから。信仰を持つということは、理性と科学にさよならを言うことだ。信仰とはそういうものだろう。信仰に入ると、人はスイッチの切り替えができなくなる。栓をしたり外したりもできなくなる。わざと頭の働きを鈍くする。そのほうが楽に生きられる」
 マルセランは私を無視した。
「おれたちが白人を怖がったのも当然だ。銃を持ってやって来て、おれたちを殺したうえ、神様を食べる話を一日中しているんだからな。おまえらを人食いだと思ったのも当然だ。それにだ、おまえらの神様は女を抱いたことがないんだろう? おれを見てみろ。アフリカ中探しても、おれほど黒い男はそうはいないぞ」(懐中電灯で自分の腕を照らした)「同時に、おれほどセックスへの欲求が強い人間もいない。どちらも遺伝だ。この皮膚の中にあるんだ。おれの頭の中にはいつもセックスがある。四六時中ある。毎晩女を抱かないと、病気になる。現に、いま調子が悪くてしかたがない。こんな連中のいるこんな森の中で、おれはおまえのために命を危険にさらしているんだ。賃金を二倍払って当然だと思わんか。いや、四倍だ。一日中歩くだけ歩かせて、夜は女なし。テントでの独り寝を強いるんだからな。それも数ヶ月連続で、ときている。おまえら白人はいったいどうやって繁殖するんだ。神様がセックスなしで生まれた? しかも、自分自身でもまったく女を知らない? さらに、その神様の母親たるや……いたるところに呪物の像が立っているじゃないか。一度も女を知らん女が、顔に白痴的な笑いを浮かべて、腕に赤ん坊を抱いているやつ。あれをばかばかしいと言わずに、何をばかばかしいと言うんだ。おれにはわからん」
 突然、村の反対側で激しい太鼓の音がした。何かが本格的に始まったようだ。
 マルセランはしばらく黙っていた。そして、「汝自身のごとく汝の隣人を愛せよ」と言った。懐中電灯の光が激しく揺れ、道からそれてサボテンの生垣を照らした。
「汝自身のごとく汝の隣人を愛せよ――なんたる偽善だ」マルセランの声は聞いたことがないほど高くなり、怒りで裏返った。これは癇癪玉の大破裂だ。犬がくるりと向きを変え、逃げていった。
「汝の隣人を愛せよ。口先でそう言いながら、銃を手にやって来て、家族を引き裂き、奴隷に売り飛ばしたのは誰だ――夫も、妻も、赤ん坊も。だが、おまえらにはどうでもいいことだよな。ドイツ人はユダヤ人を焼き殺した。おまえらはホロコーストだ、大罪だと騒ぐ。確かにそうだ。だが、ほんの一、二年。数だってわずか600万人だろう。おれたちのホロコーストはどうでもいいのか。コンゴだけで、1300万人が奴隷として売られた。それが何世紀もつつづいたんだぞ。何世紀もの間、おれたちは子供の成長を見守れるかどうか、子供が狩りを覚える姿を見られるかどうか、子供と一緒に新しい庭を作れるかどうかわからなかった。おい、言ってみろ。おれたちが何の悪いことをした? おまえら白人は、呪〔まじな〕いはひどい悪だと言う。そうかもしれん。だが、おれたちを拷問にかける神は、どんな神なんだ。言ってみろ」(p.171-174)


コンゴ・ジャーニー(下) [ レドモンド・オハンロン ]

2009-01-12三本指の男

[]#353

「おれの指を見ているな」と、男はにこやかに言い、口の端から勢いよく煙を吹き出した。「みんな見る。怒らんから心配するな。普通なら、喧嘩してなくしたとか言うところだな。ちょっと油断した。小競り合いがあって、鉈でな……とか。だが、おまえには嘘をつかんよ。嘘をつく必要がない。所詮、余所者だ。だから、お前にどう思われようと、こっちは痛くも痒くもない。魂は毎晩旅に出る。どの夢の中でも旅をする。で、朝になって目が覚めると、全部話してくれる。どこへ行って、何を見たか。だが、聞いても、聞く端からどんどん忘れてしまう。そうだろ? もちろん、そうだ。だからさ、おまえに話しても、おれには何の問題もない。むしろ、問題はおまえのほうに生じる。おれがおまえの夢の中にいるのか、おまえがおれの夢の中にいるのか、どっちだ。うん、このガンジャはいいな。強い。そのつもりはなかったが、おまえが好きになりそうだよ。だから、当り障りのない話で時間を無駄にすることはやめよう。あとどれほどかは知らんが、夜明けは必ず来る。だから、いまのうちに話してやろう。友よ、おれの新しい友。おれは孤児なんだ。孤児というのは悲しいぞ。俺の母親は双子を生んだ。森の獣みたいに双子をな。だから、殺された。首を絞められて。おれの片割れも一緒に殺された。父親は村から追い出された。そういう習慣だ」
「それで、君は?」ようやく声が出た。
「しゃべれるのか」男は身を乗り出し、前歯を見せ、顔を私の顔の間近まで寄せて大声を出した。
「やれ、よかった。これは大いに助かる。話し相手が欲しいのに、相手が話せないんじゃな」男の歯は根元が黒く、全体的に暗い黄色だったが、欠けた歯もなく、丈夫そうだった。口臭がひどく、腐った肉の臭いがした。少しは歯を磨くべきだ、と私は思った(「歯磨き粉は?」と内なる声があざけったが、私は「ナンセンス」と反論した。「怠惰以外の何者でもない。歯に引っかかった肉を蔓の棘でとるくらい、誰でもできる」)。
「それで、君は?」と、私は繰り返した。「君はどうした」
「おれか。そういう場合、普通は呪い師に預けられる。おれもそうだった。しばらくして、呪い師は小指が必要になった。またしばらくして、今度は親指が必要になった。そうやって、ある程度大きくなったとき、まだ両手に三本ずつ指が残っているうちに、おれは逃げたのよ。森に逃げた。ある日、ずっと北のほうで、若い女がおれの姿を見かけた。親切で、勇気のある女だった。毎日、暗くなると、おれの小屋に食べ物を持ってきてくれた。だが、ある晩、食べ物がなくなることに亭主が気づいた。そして、女の跡をつけた。森の中をずっと追跡して、小屋にいるおれを見つけた。だが、この亭主も親切で、勇気ある人だった。独りぼっちでいるおれを見て、たちまち霊だと見抜いた。その辺のことはもうわかるだろう、おれのよき友、新しい友よ。ここではな、誰も独りぼっちにはならない。全員が全員のことを知っている。おれがおまえのことを知っているほどに知っている。だが、そのときのおれは、夜の森で独りぼっちだった。家族も、友人も、かばってくれる人もいない。だから、その親切な男はおれが霊だと悟ったんだ。で、若い妻の――あれほど勇気ある美しい女に出会うことはもうあるまい――妻の助言もあって、亭主はおれを養子にし、おれの印、謎の動物を作った。ここの村人、カカ族を守るための印だ」
「それを私に信じろと?」
「信じる?おまえ、自分を買いかぶっていやしないか。そんなこと、気にもならん。なぜ、おまえのような男に信じてもらう必要がある? おい、パイプが終わったぞ」(男はパイプを私によこした)「面倒をかけてすまんが、詰めてくれるか。今度はもっとうまくやってくれ。底は緩くだ。十分に押さえて、上は固く。そういう詰め方がいい。うまく吸える。おまえ、素人だな。見ればわかる。おい、目つきがおかしいぞ。眠ったほうがよくはないか。ゆっくり、ぐっすり眠ったほうがいい」
(p.19-21)


コンゴ・ジャーニー(下) [ レドモンド・オハンロン ]